2017年12月18日月曜日

西条 (2017.12. 18)

9月頃から、呉・竹原・三原と、広島以東の町々を歩いてきたが、行っていないのが西条。かつては賀茂郡、今は東広島市、東広島市庁舎もある。
JR山陽本線・西条駅に朝早く着く。新しい駅である。

駅の南口に出て、左方面の酒倉通りに向かう。
『駅の東側に多くの酒造施設が密集し、レトロな洋館社屋を前に構え、赤い煉瓦煙突を看板代わりにした西条独特の酒造会社スタイルの醸造元や、白い漆喰と黒い海鼠壁とのコントラストが美しい土蔵造りの酒蔵群、千本格子の町家造りも残るバラエティに富んだ町並みを散策してみてはいかがでしょう。駅の西側にも二軒の蔵元があり、カフェやレストランなどもやっています。』(東広島観光情報サイトより)

味わいのある古い建物が並ぶ。

酒を断って35年になる自分にとっては皮肉な町であるが、酒倉の佇まいだけを味合う。

時間が合えば、工場の見学もできるところもあるらしいが、まだ早いので開いていない。事情のある自分には却って幸いだ。酒の匂いの漂う工場内で、試飲でも勧められたら!危ない!から…

酒倉通りから駅前近くに戻り、南へまっすぐ続く道路を歩く。黒瀬川を渡ると、少し上り坂になっている。西条バイパスの手前にある陸橋に上がる。

西条駅方面(北)

西条バイパス方面(南)

陸橋を東方面に少し下ると 

三ッ城古墳(みつじょうこふん)が見えてくる。

古墳を中心として、一帯が公園になっている。駐車場と事務所もある。
三ッ城古墳
『西条盆地の南側丘陵部に築造された、前方後円墳である。方墳部を北にして全長92メートル、幅67メートル、高さ約13メートルの古墳で、広島県内では最大の古墳である。築造時期は5世紀頃と推定されている。』(ウィキペディアより)
前方後円墳というと、有名な大阪・堺市にある仁徳天皇陵古墳を思い描くが、「広島県内最大」と言っても、比べると小さなものである。

第一古墳の斜面は石で覆われ、円筒の埴輪が周囲を取り囲む。

古墳の上に登ってみる。

登ったところで、掃除をしていたシルバーのおじいさんが話しかけてくる。
「出ましたか?」
「???」
「何か出ましたか?」
ここはらしくないが一応古墳なので墓である。幽霊でも出ると言うのだろうか。
ではなく、スマホで写真を撮っている自分を、ポケモンをしていると思ったらしい。
「写真を撮っているんです」

天日でお湯でも沸かす施設かと思いきや、透明なカバーで覆われたのは、古墳の埋蔵物である。

シートが曇っていて、中はよく見えない。石棺のようなものがある。

第一古墳と違い、芝生に覆われた第2古墳。

円墳(第2古墳)と前方後円墳(第1古墳)
第3古墳は、円墳の周辺に隣接していたらしいが、予備知識を持っていなかったので、見逃したようだ。

公園内を歩いて回る。さほど広くはない。

隅っこにあった、これも古墳らしい。

 古墳めぐりを終えて、西条駅まで来た道を戻る。広い道路で区画された駅の南地区と正反対に、駅の北側は昔ながらの狭い道で、マップで見ると寺や神社が多い。行ってみる。

駅の北側すぐにある 教善寺。駅からも見える。

お寺のすぐ近くに、御建神社。公園と球状が併設されている。

ここから、東へしばらく行くと、安芸国分寺歴史公園があるが、曲がりくねった道が置く、スマホもマップで何回も位置を確認してたどり着く。

跡地だけに、広い原っぱ。建物はない。

公園の隣に安芸国分寺。

畑の側を歩いて

西条駅に戻る。

次の電車の時間まで時間があるので、駅構内の喫茶店でトーストセットを注文する。

朝早く出たので、11時には自宅に帰った。



2017年12月14日木曜日

江田島 (2017.12. 14)

江田島は、以前倉橋島からの流れで、橋を渡り車でちょっと走ったことはあるだけ。瀬戸内島巡りシリーズの一環として、訪れることにする。
正直言うと、これと言って行きたいスポットはないのだが、広島の瀬戸内では最大の島であり、すぐ近くに見える島なので、一度は行っておかないと…
地図を見ながら、行く場所を探し出す。欠かせないのは、「のうみ温泉」。こういうコースを組んだ。
①真道山に歩いて登る
②南にある橋繋がりの、沖野島に行く(なぜか分からないが橋繋がりの島は行ってみたくなる。倉橋島の鹿島、大崎上島の長島…)
③砲台山に車で登る
④のうみ温泉
他に、海上自衛隊第1術科学校が有名で見学もできるが、所要時間1時間30分。見学途中で抜けられないとのこと。特に見たいものもないので、今回はパス。
島は広いので、島内移動は車で行うことにした。

朝7:10のフェリーで、江田島切串港行きに乗船。前に見える三角の島は、峠島(無人島)。200,000,000円(2億円)で売りに出されている。

峠島の横を通る。無人島だが、小さな鳥居が見える。

まもなく切串港に到着。

江田島には「クマン岳」他、いくつか登れる山があるが、今回、真道山を選んだのは、標高286.6mと比較的低い山ということと、真道山森林公園の奥に登り口があり、分かりやすい場所であるということ。森林公園に行く途中、海上自衛隊第1術科学校で車を止める。
もっと近くで中を撮りたかったが、入り口に制服の守衛さんが居り、海上自衛隊の施設でもあるので、腰が引けてしまった。

真道山森林公園の入り口に到着。

管理室の横に車を止めるが、管理人のおじさんが作業している。季節柄、訪れる人もいないのだろう。声をかけられる。
「何か用かね?」
「はい、歩きに来ました」

公園奥のほうに登っていく。

キャンプ場の事務室か。もちろん閉まっている。

その横に、「真道山展望台登山口」がある。

扉を開けて入る。
《イノシシ侵入防止のため、扉は、開けたら必ず閉めてください》
ハイ、ちゃんと閉めましたが
このくらいの柵だと、イノシシは突破するんじゃないかと思うのだが…

登山道に入る。

落ち葉に埋もれた道。

途中の休憩地点。ここまで、足場の悪い個所もあり、ややばて気味。山登りは、同じ高低差でも、足場の良しあしで疲労度が大きく異なることを、これまでの山登りで実感した。

そこから、頂上の展望台を見上げる。

展望台までの案内板。

ああ、また急な上り坂、ハァーハァー、ヒーヒーフー。

展望台に到着。登頂記念スタンプがあるが、あまり利用されてないようだ。

江田島湾を見下ろす。

山を下りる。この車道で、車でも登って来れる。

自分は、歩きなので、来た道を森林公園まで降りていく。

季節は、山椿の頃。

森林公園を後にして、次の目的地沖野島に向かう。車で、約30分走る。写真中央にあるのが、江田島と沖野島を繋ぐ橋。小さな橋だ。

穏やかな入り江。

沖野島を探検してみようと思うが… 「私有地につき立ち入り禁止」

こちらも。「無断立ち入り禁止」。

「侵入禁止」を突破して特に見たいところもないので、収穫なく、島を後にする。

気を取り直して、次の目的地、砲台山に向かう。サンビーチおきみのある、島の西岸を走る。また、車で走ること約30分。

ここまで島内を車で走って気づいたが、「またのお越しをお待ちしております」「ようこそ**へ」の道路案内が、セットになって立っている。
江田島市は、2004年に安芸郡江田島町、佐伯郡能美町、沖美町、大柿町が合併してできた。町時代の名残だろう。

砲台山に車で登る道は調べてきた。「沖美ふれあいセンター」を曲がって少し行くと、右手に登り口があるはず… だが、見当たらず走る。とうとう、港まで来てしまい、引き返す。

これが登り口か。「創造の森・森林公園」 どんな森か? 他に見つからないので上がってみる。

正解! 「林道砲台山線」の案内板。

「砲台山スカイロード」、汚れてて読めない。掃除してあげたくなる。

いつものように曲がりくねった道を登り、展望台駐車場に到着。

ここら一帯は、江田島砲台(三高砲台)と関連施設の跡地になっている。
[ 三高山砲台の歴史 ]
江田島市北西部に位置する三高山(標高401.8M)の北部には、ロシアとの国交が急を告げる明治31年2月を境に、バルチック艦隊の入港を阻止する為、広島湾一帯の数か所の一つとして起工し、2年の歳月を費やして完成させた。(ネットより引用)

展望台にむかう。

中をのぞいてみる。戦で散った多くの命、帰る場所も分からないままさまよう魂たち。なにか不気味なものを感じ、ぞくっとする。ネットの紹介文に「砲台跡を散策しながら森林浴が楽しめ、内海の島々が一望できます。」とあったが、散策の雰囲気ではないと思うが…

展望台に出ると、雰囲気はがらりと変わり、景色はいい。宮島方面を眺望。

さらにこの山の名前の由来となる砲台跡に登る。

砲台跡地。かなり大きい。ロシアのバルチック艦隊とは、日本海海戦で戦闘が行われたので、実際に使用されることはなかった。

砲台跡地を「散策」する。

「自然と友達になろう」の標
人の作ったものが、風化して自然の一部になる。
「国破れて山河有り」

結局、「創造の森」の「創造」の意味は分からなかった。

山を降り、温泉に向かう。


のうみ温泉。入浴料大人¥600。おそらく島内唯一のSPA、地元の人でにぎわっていた。

一風呂浴びて、三高港から宇品行きフェリーで帰る。

半分街、半分田舎。そこそこ便利で、そこそこ不便。4つの町が合体してひとつの町になったせいか、どうも掴み所のない印象を持ちました。