3日目。松江市と安来市の境界にある京羅木山(きょうらぎさん)に登って帰る。
松江市東出雲町の、おちらと村に駐車する。 「おちらと」とは、出雲地方の言葉で「ゆっくりと、のんびりと」という意味。
おちらと村横の車道を少し進む。「京羅木・星上山ハイキングコース」の案内あり。
左へ。
舗装路を進む。
左へ。「ここから左手に…狭い山道を登ってください」。
山道に入る。
階段。
「富士ヶ瀬公園を経て、金刀比羅宮に至る 約200m」
富士ヶ瀬公園。
公園を通り、右の林道へ。
林道から右へ。
出雲金刀比羅宮に到着。
神門。
けっこうりっぱな神社。
参拝。しめ縄は出雲大社のものに似ている。
神社の裏から登山道へ。
登り。
右へ。
馬乗(まのり)馬場。説明によると、この100mは乗馬練習場だったとか。
頂上まで1300m。
石仏。
下には山伏塚がある。平安時代末期には真言密教の聖地だった。
頂上まで500m。
緩やかな歩きやすい道が続く。昨日の大山登山の疲れが残っているので助かる。
腰掛岩。ひと休み。
左は勝山城跡への道。
勝山城:古くは滝山城とも呼ばれ、尼子十砦のひとつとして数えられた。尼子氏の家臣である田中三良左衛門が城主を務めたと伝わる。天文11年(1542)から、出雲へ侵攻した大内義隆が尼子氏の居城である月山富田城を攻撃。この際に京羅木山に陣を置き、勝山城も利用されたと考えられている。永禄5年(1562)からは、毛利元就が出雲へ侵攻。永禄8年(1565)に星上山に本陣を置き、勝山城にも布陣した。毛利軍は月山富田城を見下ろす京羅木山に5つの陣城を築いており、勝山城もそのひとつとみられる。(ニッポン城めぐりより)
初めてのベンチ。
「飯梨小学校・能義平野を望む」との説明あり。
あと100m。胸突き八丁。
急階段を上る。
山頂に到着。
京羅木山、標高473m。毛利氏の尼子攻めの拠点になった。
この山野に眠る戦死者を弔うために建てられた平和観音像。
山頂から松江方面。
中海と宍道湖。
反対側、大山方面。見えないが、下には月山富田城がある。
蒜山と大山。
星上山、約120分。
星上山?
下山。
下り。
竹が風に揺れる。ときどき竹のぶつかる音。南の海上を台風が通過中。
白い襞とリボン飾りのキノコ。名前は分からない。
星上山への縦走路。
当初は、星上山まで行って下山する周回コースを考えていたが、今日はここで右に下山。
山口谷コースをおちらと村へ。
峠の茶屋跡。蒲鉾などを運ぶ行商人のために茶屋があった。通称:蒲鉾道。
下り。
下に見えるのは中海。
登ってきた京羅木山?
あまり歩く人もいないのか、草に覆われている。
林道に変わる。
林道は広瀬越え旧道。
右へ。
おちらと村へ向かう。
パワーの木。大きな岩を断ち割ってケヤキが成長している…
これ?
おろちの木。大きな岩を包むようにケヤキが…
こちらはよくわかった。
おいらせ→?
仮称、Yの木。
麓に下りる。
田園をおちらと村へ。
田んぼの向こうに京羅木山。
昨夜、テレビで青森の田んぼアートを見て、。田んぼの色違いに興味を持った。黄色っぽいのは稲穂。
おちらと村が見えてきた。
最初の分岐に戻る。左へ。
おちらと村に戻る。
水車が回る。
帰りに玉造温泉に立ち寄る。
以前も利用した、玉造温泉ゆ~ゆで風呂に入る。
宍道湖SAで、しじみ定食を食べて帰る。
京羅木山のコース。
旅のマップ。