2019年6月12日水曜日

桜島 (2019. 6.12)


朝早くホテルを出て市内電車に乗る。

水族館前で降りてしばらく歩くと、桜島フェリーのりば。

運賃は後払い。6時からは15分間隔で運行している。1時間に1本だが、夜間も運行している。これは観光用ではなく、桜島は大隅半島と陸続きのため、その方面から鹿児島に来るトラック等のためだろう。

 デッキで朝食。

桜島に向けて出発。

中間あたり、鹿児島行きのフェリーとすれ違う。

最初は人工島かと思ったが、潜水艦だった。ズームインすると甲板で人が動いている。後日、WEBのNHKニュースライブカメラにも、潜水艦が写っていた。訓練用か。

桜島に近づく。

島の端。溶岩が流れてできた台地。

港に入る。

フェリーは大きくて、車は1・2階に乗船できる。人は3階の連結橋から下船する。

まず海岸沿いに歩く。

足湯があるが準備中。9時から利用できる。

溶岩なぎさ遊歩道として整備されている。

向こうは鹿児島市街。

約100年前の噴火のとき、溶岩はここまで流れてきた。

海岸散歩の目的地、烏島展望所まで2.3km。

左に見える小島は、沖小島。

遊歩道は車道と合流する。

烏島展望台に到着。

その名のとおり、かつてはここは島だったが、大正時代の大噴火で陸続きになった。
大正溶岩原の高台にある展望所。穏やかな錦江湾、海へと続く溶岩原、雄大な桜島、どの方向を見ても絵になる絶景が広がります。実はここはもともと海の上に浮かぶ「島」だった場所。神社もあったそうです。しかし、大正噴火の溶岩は、海を埋め立てながら進み、沖合約500mにあったここ「烏島」を飲み込みました。噴火後約100年となる現在、辺りは溶岩と植物に囲まれ、かつて島であったことが思い出せないほどです。噴火のすさまじさを静かに語る場所のひとつ。記念の碑が建っています。(みんなの桜島より)

展望台から。背の低い黒松が生い茂る。

烏島展望台から、周遊バスのサクラジマアイランドビューで、次の湯之平展望台に向かう予定でいるが、バスの時間まで小1時間あるので、予定に入ってはいなかったが、近い距離にある赤水展望広場まで歩くことにする。途中、川を渡る。引ノ平川と書いてあるが、これは水が流れる河ではなく、噴火時に溶岩を流す人口の川。ここ以外にも何ヶ所かあった。(あとでアイランドビューの運転手さんの語りで知った。)

赤水展望広場に到着。

ここにくるまで知らなかったが、長渕剛の桜島コンサート記念モニュメント「叫びの肖像」がある。
2004年8月21日、桜島で長渕剛さんのオールナイトコンサートが開催されました。
75,000人(当時桜島の人口は約6000人!)もの観客が桜島で夜を明かしたこのイベントは、今でも伝説として語り継がれています。そのコンサート会場の跡地を整備して作られたのが、ここ赤水展望広場。また、大成浩氏により、桜島溶岩を使ったモニュメント「叫びの肖像」も製作されました。迫力満点のこのモニュメントを見に、数多くのファンがこの地を訪れます。(みんなの桜島より)

自分も伝説のコンサート参加者と思われたのか、中年紳士が話しかけてきた。彼は鹿児島市街に実家があるが、帰郷のたびにここを訪れるという。

コンサート時には、溶岩の土だったが、今は芝生が植えられている。ステージは海側に設置され手前に観客が陣取った。

展望所の横で老夫婦が体操をしている。

おなかをすかせた猫が近づいてきた。バスの時間まで桜島コンサートの動画を見て過ごす。

向こうに見えるのは沖小島。下まで下りてみたが、柵がしてあって長渕が立った場所までは行けない。

ようやく周遊バスがやってきた。

バスにゆられて30分。湯之平展望所に到着。

湯之平展望所。標高373m。桜島は標高1117mだが、一般が近づけるのはここまで。
 山道をグングン上った先にある湯之平展望所は標高373m、北岳の4合目に位置し、桜島において一般の人が入ることの出来る最高地点です。ここからは、360°どこを見ても絶景。目の前に迫った北岳の荒々しい山肌、眼下に広がる大正溶岩原、錦江湾を挟んで西側には南九州最大の都市・鹿児島市の街並みが広がります。天気がよければ北に霧島連山、南に開聞岳といった鹿児島の秀峰も顔を見せるのです。(みんなの桜島より)

桜島北岳。

桜島南岳。

下界を撮影するが、方向感覚が狂って、何度も展望台の周りを回った。こちらは鹿児島市街。鹿児島中央駅のビルにある観覧車がランドマークになる。

こちらはやや南側。沖小島が見える。

周遊バスは港まで下りる。時刻は11時前。次の目的地有村溶岩展望所に行くバスは11:15なので、待つ間にコンビニで昼ごはんにする。桜島のバスは、先に乗った周遊バスのほか、南回りと北回りの市営バスがあり、行き先の応じて乗り分けることになる。それぞれのバスの拠点が港になるので、このイートインのあるこのコンビニが、待合室になった。

南回りのバスに乗る。

有村溶岩展望所に到着。
南岳の麓、有村地区の大正溶岩原に作られた展望所。一面に広がる溶岩原と、その上に根を張るクロマツが、非日常の景色を作り出しています。全長約1kmの遊歩道からは、山のみでなく、錦江湾も一望でき、天気がよければ開聞岳まで望むことができます。ここから見る山は、見慣れた横長の桜島とは違った円錐型。2つの山が並ぶ複合火山・桜島は、見る場所によって全くその姿が変わるのです。(みんなの桜島より)

階段を上ってすぐの広場にあるモニュメント。

円錐形の桜島がよく見える。

遊歩道を歩く。

松林の向こうには、大正噴火で繋がった大隅半島。

第一の東屋。

桜島を臨む。

避難壕も兼ねたトンネル。

第二の東屋。

桜島を臨む。

歩道の脇には荒々しい溶岩がむき出し。

第三の東屋。

向こうは第二の東屋。

溶岩に賽銭がちりばめられている。自分も1円玉を置く。

遊歩道終点。

ここにも避難壕。避難壕は島の各所に見受けられた。

入口にあるお土産店。開店しているが、お客はいない。

 道路を挟んで食堂。

次の目的地、黒髪埋没鳥居までは5~6km。ここから鳥居までのバスはない。バスで行くには一度港に戻り、北回りの市営バスに乗ることになる。当初は歩いて移動するつもりだったが、今日は暑い。歩いていっても、バスで行っても鳥居からの帰りのバスは、同じ時間になるので、今日はバスで移動することにした。12:15の桜島港行きのバスを待つ。

港に戻る。鳥居行きのバスまで時間があるので、朝利用できなかった足湯に浸かる。

北回りのバス乗り場は、アイランドビューバス乗り場とは、港を挟んで反対側。島の利用客も何人か待っている。観光客は自分のみ。

 鳥居から一番近い、黒髪中学校前で降りる。運賃を払おうとしたら、運転手さんが往復かどうかを聞いてきた。往復だと返答すると、1日乗車券のほうが安いと勧めてくれた。確かに片道¥520×2が、 1日乗車券では¥600。加えて、他のバスや市電も乗り放題。調べてこなかったので使わなかったが、昨日からの移動も1日乗車券のほうがお得だったかもしれない。

黒髪埋没鳥居。

本当に鳥居の上のほうまで埋まっている。
大正3(1914)年の大噴火で噴出した大量の火山灰・軽石は、上空8000m以上まで上昇し、火山灰は遠くカムチャッカ半島まで飛んでいったといわれています。ここ黒神地区にあった「腹五社神社」の鳥居は、大正噴火後たった1日のうちに軽石や火山灰に埋め尽くされました。 もともと高さ3mあったという鳥居ですが、今は笠木部分の約1mを地上に見せるのみです。噴火後、住民は神社の神聖な鳥居を掘り起こそうとしました。
しかし、当時の村長・野添八百蔵氏の「後世に噴火の記憶を残そう」との英断により、噴火直後の姿がそのまま現在に残されています。(みんなの桜島より)

鳥居の横には小さな資料室がある。

噴火後に生えただろう大樹。溶岩に根が入らなかったのか、むき出しの根のはりがすごい。

参道の脇に中学校、あるいは中学校の中に参道があるのか。中学校は現役だった。

奥に神社があるようだ。

神社では、地元のおばちゃん方2人が、お祈りしていた。

帰りのバスは、着いてから20分後。このバスに乗らなければ、2時間は待つことになる。滞在時間は短いが、埋没鳥居は見たので、このバスに乗る。バス停の前にある食堂。やって来たバスの運転手さんは、来たときと同じ人。どこかで引き返してきたのだろう。

港までの直通ではなくて、途中の白浜で乗り継ぐ。

15時過ぎには港に戻る。港近くの、桜島マグマ温泉で一風呂浴びる。

風呂を出て港に向かう。

フェリー待合室。

中は、スポーツのイベントでもあったのか、学生でにぎわう。

1日乗車券で、温泉もフェリーも20円くらいの割引。

フェリーの中にあるうどん屋。乗船時間は15分なので、早めに食べないといけない。今日はおなかは減ってないので見物だけ。

船の屋上展望所にあがる。

船が岸を離れる。

桜島港を後にする。

こちらから見ると、桜島は円錐形ではなく、横長である。

朝歩いた、溶岩なぎさ遊歩道がある台地。

16時半、鹿児島港に戻る。向こうの小屋の中でおじさんが連結橋の操作をしている。

さて、ホテルに帰るには時間が早いし、1日乗車券もあるので、市電を乗り回すことにした。水族館前から、谷山行きに乗り、武ノ橋で降りる。甲突川を鹿児島中央駅方面に向かって歩く。目印の観覧車が見える。

このあたりは、西郷隆盛他、明治維新の推進者となった下級武士の面々が生まれた加冶屋町。川沿いは「維新ふるさとの道」として遊歩道になっている。今でこそ、鹿児島中央の名の通り、町の中心になっているが、かつては、昨日行った鹿児島城から遠く離れて、城下町の辺縁にの地であった。

道路を挟んで差kの下に、西郷隆盛生誕地がある。

住居跡などはなく、石碑が立つ。

甲突川の岸辺を歩き、武ノ橋電停に戻る。

市電2系統の、分岐合流駅である郡元で降りる。歩道橋の上から、天文館方面。

谷山方面。右に曲がるのが鹿児島中央。鹿児島中央に戻るため、最初向こうの郡元(南)で待ったが、鹿児島中央を経由する電車が来そうにない。地元のおにいさんが、もう一つの電停(最初に降りた方)からのほうが便がいいと教えてくれる。

おなかもすいているので、電停前のイオンの食堂で夕飯にする。

今日の行程。桜島はほとんどバス利用。


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