2018年10月3日水曜日

相島・筑前大島 (2018.10. 3)


福岡の島歩き2日目、今日は相島と筑前大島を歩く。相島へは新宮港から船で行く。その港にたどり着くまでには、JR香椎で一度下車し、西鉄香椎で西鉄新宮まで行く。

JR香椎駅。実は、香椎駅には30数年前に一度来たことがある。都落ちして実家に身を寄せていたとき、仕事を探すために福岡に来た。そのとき面接したのが香椎駅近くだった。記憶では田舎の駅のような気がするが定かではない。福岡と同時に広島でも探し、広島のほうが早く決まったので広島に来た。福岡のほうが早く決まっていれば、今頃博多にでも住んで、「・・・ばい」などと博多弁を使っていたかもしれない。(当時を思い出すといつも悲しくなる。東京は自分にとって、悲しい春の街だ。)

西鉄香椎までは歩いてすぐ。この近辺は小倉出身の作家・松本清張の小説「点と線」に登場する。

西鉄新宮行きの電車が来た。

終点・西鉄新宮駅で降りる。

新宮港までバスもあるらしいが、天気もいいし、そう遠くもないので歩く。

相島渡船待合所に到着。ここは新宮町の町営である。

待合所の前に、超特価の自販機があった。ほんとに缶コーヒー\50だった。

相島行きのフェリーに乗る。

船の下で、子供たちが元気よく朝の挨拶をしている。この近くの学校の教育の一環なのだろうか。

相島に向かう。

猫以外の相島で有名な鼻栗瀬、通称めがね岩。相島側から撮影できるかわからないので、「めがね」が見える位置で撮影。

相島港に入る。猫以外にも釣りにくる人も多い。浮遊式の堤防ではすでに釣り人が糸をたれている。

 ③相島
約20で港に到着。 人気の観光スポットとあって、平日なのに降りる人が多い。

さっそく招き猫が迎える。

本物の猫も、ここかしこ。人に慣れていて逃げることはない。

路上に鎮座する風格のある猫。

観光案内のボランティアのおばさんだろうか、話しかけてきて、これはテレビにも出演した有名な猫とのこと。 そういえば、NHK「ダーウィンが来た」で相島の猫を取り上げていた。そのときの猫の名前は「コムギ」。その猫とのこと。来た早々に出会うとは運がいいと、おばさんは言う。

 隣でひっくり返っているのは、コムギの母親の白猫の?(おばさんが説明してくれたが忘れてしまった)。

コムギとその親戚縁者のツーショット。

相島にきたのは、猫以外に古代の遺跡群を見るのと、周囲8kmの島歩きが目的である。猫だらけの道を、相島積石群に向かい、東に向かって歩く。

まばらになった民家にも猫がいた。

向こうに見えるのは相島小学校。そういえば新宮港で元気な挨拶をしていた子供たちも船に乗ったようだった。学校の傍を通るとき中を見ると授業をしていたから廃校にはなっていない。これにはわけがある。昨日行った能古島もそうだったが、「漁村留学」といって島外から子供を受け入れる。 これによって過疎化と高齢化が進む島の活性化を図る行政の苦肉の策だ。

島東部に突き出ている鼻面半島に向けて歩く。

峠から相島の港を見下ろす。

遠くに、昨日行った志賀島と相島が見える。

 例によって、マップには相島積石群への道は表示されないので、とりあえず半島の付け根の海岸に出てみる。

ここから相島積石群に行けるようだ。

半島の反対側に出た。朝鮮通信使関係遺跡群の石碑。海難事故で亡くなった人たちの墓石らしい。

石だらけの海岸が続く。このあたりには砂浜がない。相島が花崗岩でなく、玄武岩でできているためだろう。玄武岩は硬いので細かい砂にならず、石のまま残る。

最初にあるのが、方墳竪穴式石室 。説明によると5世紀のもの。

立ち入り禁止ではないので、上に登って撮影。

先ほどは船上からだったが、ここからもめがね石が見える。

ズームアップ。

いちよう遊歩道がある。コンクリートで作るよりも、歩きにくくてもこの方が景観を壊さない。

見慣れている瀬戸内海と異なり、外海の波は荒い。

 石壁に沿って歩く。

こちらにも石墓がある。

こちらは円墳横穴式石室。先ほどの方墳にくらべやや新しい。6世紀のもの。

遊歩道はこの辺りで終わっている。島を巡る道のもどるために引き返す。

東屋があるので、この辺が中心地。ここから戻る。

主道にもどった。というか、自分は裏から行ったようで、ここが相島積石群への正式の入り口のようだ。

雲ひとつない空の下、島の北側に向かう。

今は廃屋になった民家。

かつては、この車で作業もしていたのだろうか。

マップで確認すると、島の北端あたり。玄界灘を見渡せそうなところがない。

神社への登り口。神社はだいたい高いところにあるので、そこならいい景色が期待できるかも。

残念ながら、森の中の神社。

近くに豊臣秀吉の朝鮮出兵のときに戦勝祈願のため大石を積んだとか… その跡があるというので行ってみる。

ここから少し海が見えた。

神社から下りて、港に向かい山を下る。途中、尾根の木が途切れている場所あり、島の東部が見渡せるポイントがあった。先ほど歩いた、相島小学校が見える。

港まで坂を下る途中、速見番所跡がある。

江戸時代の鎖国のとき、異国船監視のために黒田藩が置いた見張り台跡。

今は灯台が立つ。

さらに坂を下る途中、猫に出会う。子猫もいたようだが、こんなところでどうやって食べていくのだろうか。

「一緒にエサの豊富な港に行こう」を無言のメッセージを送ったが、そのままだった。これまでの山歩きの間に 、この猫以外に2匹に出会っている。港から自力でここまでくるわけもないだろうから、人に捨てられたのか、定かではない。

麓まで下りてきた。

朝鮮通信使が止まる客館の跡をみて…

 港に戻る。

相島渡船待合室。次の本土行きは10:50。

よく歩いたので、例によって催してきたが、トイレの前にも猫が鎮座。

猫ではなく、猫ガールを撮影。

新宮行きのフェリーに乗る。

相島を後にする。天気もよかったし、猫のスターにも出会えたし、快適な島巡りで満足。

新宮港に戻る。

よく利用する人は広い有料駐車場を 使っている。

自分のように一元の観光客は、町営のバスが利用できる。フェリーの到着時刻に合わせてやってくる。港から電車へのアクセスには、ルート1の西鉄新宮駅行きと、ルート2のJR福岡広大前経由の?行きの2種類がある。次の目的地へ行くために、自分はルート2のバスに乗った。

JR鹿児島本線・福広大前駅に着く。ここから筑前大島に行くには、JRで東郷駅まで行き、そこからバスで港のある神湊まで行く。

JR東郷駅。現在正午ちょうど、バスは12:40。フェリーは13:50。予想通り、待ち時間が長く、島間の移動に時間がかかっている。神湊まで歩ける距離でなないので、気長に待つことにする。

神湊行きバスが来た。バスは途中、宗像神社に寄るが、今日は立ち寄る余裕はない。

神湊港待合室に到着。立派な建物である。

中は広く、宗像大社関連施設が世界遺産に登録されて、行政も観光に力を入れている。

2階展望デッキから見る神湊港。遠くに見えるのがこれから行く筑前大島。

フェリーがやって来た。宗像市の市営である。

船上から、大島の東に位置する地島を見る。地島行きの船も神湊から出ている。

フェリーを追うように漁船が1艘。波が荒く大きくバウンドする。

神湊の半島の先に浮かぶ、無人島の勝島。

左前方に大島。

④筑前大島
約25分で大島に着く。

釣り人以外にも、何人か観光客らしき人も下りる。

さて、計画では、大島観光案内所で電動自転車を借りて島を巡るつもりだが…

なんと、何台あるのかしらないが自転車は全部レンタル中。いつ空くか分からない。困惑しているところ、待合所を出たところに、観光バスが止まっていたので乗せてもらう。運賃\300。後で調べたところによると、大島観光バス「グランシマール」と言うものらしい。

 大島でぜひ行きたいのは、沖ノ島が見える砲台跡(風車展望台)なので、まずそこまで。自分の下りたい場所を言えば止まってくれる。自分以外にも、中年夫婦が1組降りた。バスの運転手さんは女性で、不慣れな乗客にも親切丁寧に教えてくれた。

バスを降りたところから、 北方を臨む。そこに見えるのが砲台跡。

砲台跡まで下りていく。

この砲台は太平洋戦争時代のもの。これは観測所。

観測所に近くに砲台跡。これまで行った、江田島大津島にも砲台跡があったが、景色はここが一番いい。

下には風車展望台。

遠くに沖ノ島が見える。世界遺産に登録され、現在は一般人は近づけない。
沖ノ島:福岡県宗像市に属する、九州本土から約60キロメートル離れた玄界灘の真っ只中に浮かぶ周囲4キロメートルの孤島。宗像大社の神領(御神体島)で、沖津宮(おきつぐう)が鎮座する。2017年(平成29年)、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成資産の一つとして、ユネスコにより世界遺産に登録された。(ウィキペディアより)

沖ノ島は玄界灘のほぼ真ん中に浮かぶ絶海の孤島です。その中腹に、 田心姫神(たごりひめのかみ)を祀る沖津宮が鎮座し、辺津宮より 神職が10日交代でたった一人で奉仕しています。住人はなく、女人禁制、上陸時の海中での禊、一木一草一石たりとも持ち出すことは禁ずるなどの掟が、いまでも厳重に守られている神聖な島です。島全体が宗像大社の境内地であり、御神体島として皇室・ 国家安泰の祈りが連綿と捧げられています 。(宗像大社公式HPより)

風車まで下りる。

眺望のよさから、自分も来たように、大島の一番人気の観光スポットである。

風は強いのでかなりの速さで回っている。

風車からさらに下ると大島灯台と、キリスト教禁止の江戸時代、神父が隠れ住んだといわれる三浦洞窟があるが、今日は時間がないので、バス乗り場のある頂上に戻る。

なだらかな草原には牛が放牧されている。先日行った山口県の平郡島ではみれなかった牛たちを間近で見ることができる。

遠くに見るのは地島と本土。

バスの運転手さんによると、ここからもうひとつの観光スポット沖ノ島遥拝所までは遊歩道で20分くらいらしい。そこでバスに拾ってもらう方法もあるというが、次のバスが最終便。乗り遅れたら、港まで歩けなければならない。船を1便遅らせれば、それも可能だが、昨日から歩き続けて、余力もない。ここ、砲台跡でバスを待つことにする。
沖ノ島遥拝所:渡島できない沖ノ島を遥拝(遥か遠くから拝むこと)するため、大島の北側の海辺に沖津宮遙拝所が設けられました。遙拝所は、沖ノ島をご神体として拝む拝殿の役割を果たしています。(宗像大社公式HPより)

バスが来るまでしばらく散策。砲台跡の反対側にも牛たち。

写真を撮ろうと近くに行ったら、牛がびっくりして後ずさった。驚かして申し訳ない。

屠殺場される牛を供養する「牛魂碑」が建つ。食べるとは、いのちの殺生であることを改めて考える。

中年のご夫婦が自転車で上がった来た。自転車の具合を尋ねてみた。電動でもきついとのこと。これとは別に、中年の男性も自転車で上ってきた。折りたたみ式自転車を持参したという。気合が入っている。いずれにしても、結果的にバスで連れてきてもらってよかったかも知れない。自転車だとかなりばてたはずだ。

最終便のバスで海岸まで下りる。大島交流館前で下車。小島と鳥居が見える。

あとで調べたが、夢の小夜島というらしい。
夢の小夜島:連歌師宗祗の筑紫道中記に歌われた島です。昔の詩情そのままで、海中に立つ朱色の鳥居と島を覆う松の緑が美しいコントラストを見せています。(宗像観光ガイドより)

名前があるのか知らないが、趣きある岩場が見える。近くの学校で、子供たちが祭りの太鼓の練習をしているのが聞こえる。ゆったりした島の時間、いやされる。

大島の港に戻ってきた。宗像大社中津宮は港のすぐ近く。ここは寄って帰れそう。

島らしい町並み。

神湊待合室でもコマーシャルが流れていた、「食べる水族館・海宝丸」。

どういうわけか、自販機の横にタスポカードが吊るしてある。これだと誰でもかえるのだが… そんなこと気にしない島の流儀がいい。

中津宮前に着く。

向こうからバスで一緒だったおじさんがやってくる。ホークスのユニホームの上着を着ているのですっかり覚えてしまった。

神社に登る。

中津宮本殿

本殿の横にある末社。

社務所横でおみくじを売っている。

鯛の入れ物に入った鯛みくじは\300だが、自分は\100のおみくじを買う。

いわゆる大吉とかは書いてなかったが
「恨むおもいは炎となって人も己が身もやきつくす」
ごもっともなお告げ。

中津宮を下りる。

本土の神湊行きフェリーは、16:20。大島での滞在時間は2時間足らずだった。やはり1日で2つの島を掛け持ちで回るのは、移動時間がかかり、駆け足になるのは仕方ない。

定刻どおり16:45に神湊に戻る。

17時過ぎに、JR東郷行きのバスがある。ホークスユニホームのおじさんをはじめ、行きの船で一緒だった人たちが並ぶ。自分と同じように、急ぎ足の大島観光だったはずだ。

東郷駅行きのバスが来る。

東郷駅から小倉行きの電車に乗る。

小倉で風呂はないかと調べたら、小倉駅からさほど遠くないところに、「華の湯ビフラン」というのがあった(ビフランとはインドネシア語で癒しを意味する)。歩いていけないこともないが、モノレールで2駅の場所。小倉のモノレールは初めてなので、モノレールを利用。

モノレールは、JR改札を出てすぐ。路線は駅構内に乗り入れている。

切符をタッチ画面でスキャンする方式。切符を挿入するJR方式と異なるのでとまどった。

モノレール小倉駅から2駅の旦過(たんが)で下車。

歩いて5分のところに温泉があった。入浴料¥930。浴場内は照明を極力控え、薄暗くしてある。温泉につかり、急ぎ足で回った2日間の旅を振り返る。不本意に終わったとこもある能古島と筑前大島、来年の秋にはコスモスの開花を確認して上で、それぞれに1日をあてて回ろうと思った。

風呂上りに夕食。これといったお勧めもないようなので、門司港レトロ名物の焼きカレーを注文した。

20:01小倉発の新幹線で広島に帰る。

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