日生諸島では、まず船で大多府島(おおたぶじま)に渡り、戻った後、自転車を借りて、橋で繋がる鹿久居島を頭島に行く予定。7:30の大多府島行きの船があるので、それに間に合うように始発の電車で姫路駅を出る。赤穂線の日生までそう遠くないのだが、直通電車はなく、相生と赤穂で乗り換えなければならない。
6:50、JR赤穂線日生駅に到着。船の時間まではしばらくある。
国立公園ひなせ諸島。
日生諸島:備前市日生町の約14の島から構成され、東端の取揚島の北東側は兵庫県赤穂市に属する。瀬戸内海国立公園の一部。海産資源が豊富で、カキの養殖も盛んである。日生町の西部と「うずあいの瀬戸」を挟んで曽島があり、その南に鴻島がある。また日生町東部と「うちわだの瀬戸」を挟み鹿久居島、その西南部に頭島、東南部に鶴島があり、鹿久居島と鶴島の間には首切島、明神島、鴎島、猿子島などの小島がある。頭島の南、長島の東には大多府島、鹿久居島の東に取揚島があり、兵庫県との県境が引かれている。
…
2006年現在、居住者がいるのは頭島、大多府島、鹿久居島、鴻島の4島である。(ウィキペディアより)
停泊しているフェリーは小豆島行き。約1時間で小豆島に行ける。ただ、小豆島の主港である土庄港ではなく、北部の大部港に着く。大多府島に行く船の乗り場が見当たらないので捜す。小豆島行きフェリーの待合室で、切符売りのおばさんに聞くと、公園の向こうにあるとのこと。
「諸島行き乗り場」とだけ書かれた船着場。7:15に船がやって来たので、これかと思ったら男性を一人下ろしすぐに行ってしまった。どうも様子がおかしい。もういちど時刻表を確認すると、「日生」と「日生駅前」の2ヶ所あり、自分は「日生駅前」にいる。そして、ほとんどの船は「日生駅前」は通らない。自分が乗ろうとしている7:30の船も寄港しない。準備したマイマップにも、日生定期船乗り場は駅から離れたところにあった。うかつであった。急いで日生港に向かったが、すでに出航した後だった。「日生駅前」に、もうひとつ港があると注意が気がないのは、始めてきた観光客には不親切だ。駅前に港があるので、当然、ここから船が出ると思ってしまう。しばらく、愚痴っぽくなったが、しかたないので、急遽予定を変更する。次の便は9:15である。
近くに、みなとの見える丘公園があるので登る。朝の散歩する人と出会う。
展望台まで行く。
展望台。地元のおじいさんがいて、しばらく話す。自分が大多府島に行くつもりだというと、「あそこも人が減った」とのこと。鹿久居島(かくいじま)と頭島には橋がかかるが、人も少ないのに、無駄な橋だと言う。確かに、見ていても橋を通る車は少ない。観光、産業、2つの島と本土を橋で結ぶ意図は何なのだろうか。
鹿久居島ほかの日生諸島。遠くは小豆島。
こちらは、定期便が出る日生港。本来はここから乗る予定だった。
下に下りて、日生駅の港を見る。
日生港に向かう。
予定より、2時間遅れて、大多府島行きの定期便に乗る。乗客は自分以外に男性が一人。
船上には展望のいいデッキがある。
日生港を出航。
日生大橋を横に見ながら進む。
鹿久居島と頭島にかかる頭島大橋。
ズームアップ。
小豆島からのフェリーが通る。
途中、鴻島に寄る。
鴻島には別荘が多い。
大多府島が見える。
9:50、大多府島に到着。乗客の男性は鴻島で下船したので、大多府島で下りたのは自分ひとり。帰りの船は、13:00である。約3時間の滞在になる。
島歩きの唯一の道案内は、携帯したこのマップ。大多府島の港にも同じものが立っていた。自然観察路を歩いて島を一周する。
待合室。鍵がかかっていて入れない。中をのぞくと、喫茶店のようにもなっていた。そういう時代もあったのか。
加子番所。ここが休憩室とトイレになっている。
六角大井戸。
思い切り廃校している大多府島小学校。平成20年に廃校。
燈籠堂。
海岸の方に下りる。
宮の下海水浴場。
春日神社。
夫婦岩。
元禄防波堤。
自然研究路に戻り、島内一周を始める。
右が、小学校から下りてきた道。今度は左の自然研究路を行く。
かなり高いところに道があり、危ないところには柵がしてある。
島の東側か、開けたところに出た。
路傍には石仏が並ぶ。
自然研究路を歩いたつもりだったが、慈雲寺に着いてしまった。マップで見ると、ずいぶん内部にいることになる。最後まで迷うのだが、自然研究路と一般道の分岐が分かりづらく、想定したコースからずれることが多かった。マップでは自然研究路が太く表示してあり、メインのように見えるのだが、実は脇道に入る場合もある。
どこかで自然研究路に戻ろうとする。キャンプ場へ行く坂を下ると海岸に出た。
マップで見ると、海岸沿いに自然研究路があるようだが、見当たらない。なんとか階段らしきものを発見、登る。
これが遊歩道なのだろうか。
岬の先端に出た。歩き始めた海水浴場が見える。
遊歩道に戻ろうとするが、この道しかない。自然研究路ではなく、自然探検路がふさわしい。
なんとか遊歩道らしきものに出る。
休憩所がある。おそらく自分以外に来る人はいないだろう。
島の南岸、視界が開けた。大多府島で一番見たいのは、勘三郎洞窟なので向かう。
分岐があるが紛らわしい。
自然研究路の矢印に従ったつもりだが、また慈雲寺に戻ってしまった。勘三郎洞窟に行く道から逸れている。
一般道から脇道に入り、自然研究路に入ろうと試みる。今、島の中央あたり。
自然研究路と島内道の分岐。
洞窟への案内がある。予定とは反対方向から向かうことになる。
洞窟は下に下りたところにある。
倒壊の危険があるため立入禁止になっているが、とりあえず行けるとこまで。
あの奥に、勘三郎が贋金作りをしたと言う洞窟があるらしい。
危険ということなので、入口で引き返す。
洞窟入口から、海を見る。
船の時間まで1時間以上あるので、ここで一休み。自然研究路を歩いてゆっくりと島歩きをイメージしていたが、アップダウンあり、道なき道あり、妙な自然研究路だった。
港近くの六地蔵。
港に戻る途中、数人の若者に出会う。日生の展望台でおじいさんが話していた、カキ打ちの中国人である。
休憩所で時間をつぶす。
壁には、大多府島小学校の生徒の写真。15年以上は前のものだろう。さっき見た廃校もこういう時があったのだろう。
さらに浜辺で時間をつぶし、やっと帰りの船がやって来た。
大多府島を後にする。
あの浜辺から藪に入ったのか。
大多府島の全景。
日生港に戻る。最初の予定では、自転車で日生諸島を走るつもりだったが、時間がないので今日は見送る。というか、思いのほかの大多府島自然研究路で消耗し、時間が合ったとしても気力が失せていただろう。結果的には、7:30の船に遅れ、丘の公園から眺望し、ちょうどいい旅程になった。
日生駅に向かう途中から見る日生大橋。
日生駅から赤穂に向かう。
赤穂駅に着いて、構内の店でまず昼ごはん。カキいりの赤穂塩ラーメン。
赤穂駅。
昨日12月14日は、忠臣蔵討ち入りの日。赤穂では義士祭が行われてにぎわった。翌日の今日は祭りの後のけだるさがある。
お城通りを赤穂城方面に向かう。
途中の休憩所にある義士あんどん。
息継ぎ井戸。浅野内匠頭による刃傷事件の第一報を知らせるため江戸から戻った一行が赤穂に着き、ここで一息入れた。
義士の墓がある花岳寺。
花岳寺本堂。
大石なごりの松。
鳴らずの鐘。
義士墓所に入るには入館料を払う。
忠義塚。
墓所に入る。
義士の墓が並ぶ。
右に大石内蔵助の墓。
中央に浅野内匠頭の墓。
料再度には47士の墓が並ぶ。
切腹したので、戒名には刃の文字が刻まれている。
奥には大石家先祖の墓。
花岳寺を出る。
寺を出てすぐにある、ビートルズ博物館。
入館料は¥200。コーヒーつき。館長はとても気さくで話好き。
多くの資料が並ぶ。ビートルズを聴きながらしばらく過ごす。
お城通りに戻る。カキが人気のかましま水産。お客が待っている。自分もここで食べようかと計画していたが、時間が合わないのでラーメンにした。
赤穂城跡に向かう。
赤穂城跡に到着。
前にあった討入りそば。どんな味だろう。
大手門を入る。
大石神社に向かう途中に、大石良雄(大石内蔵助)宅跡。
大石神社参道には47士の石像が並ぶ。
神門。
大願成就祈願の神社である。
大石神社拝殿。
義士宝物殿。
赤穂城跡に向かう。
赤穂城跡。
堀と石垣。
門を入る。
本丸跡。
天守台。
天守台の上から、本丸跡。
天守台の上から、本丸庭園。
赤穂に来た一番の目的は、御崎海岸だった。大石神社からバスがあると調べてきたが、バス停の場所も移動しており、土日は本数が減っていた。バスの時間まで40分あるので、力を振り絞って歩くことにした。約50分はかかるが…
ようやく御崎の伊和都比売神社に着く。時刻は17時。
伊和都比売神社。
神社の前の鳥居越に見る海。これが一番見たかった風景。時間的にも夕日になってちょうどいい。
神社下は御崎海岸遊歩道になっている。
先に、砂州で繋がる岩場がある。
まだ歩いて渡れる。
岩場の上から夕日。
東は、昨日訪れた家島諸島。
南に小豆島。
岩場の上から砂州を見下ろす。
波が強いとさすが隠れる。歩いて渡れるぎりぎりの時間だ。
遊歩道を行く。大多府島と違い、ずっと舗装された道である。
途中から灯りがなくなり、スマホのライトで照らしながら歩く。遠くに見えるのは家島諸島。
足元が暗いので、途中何回か転びながら坂を登り、かんぽの宿に到着。
待つことなくバスが出るので、風呂はやめてバスに乗る。赤穂駅まで行き、帰りは相生経由の新幹線で帰る。
今回の旅程図。図らずも日生港でのハプニングと大多府島の自然研究路が印象に残った。また、最後の御崎海岸の夕日もよかった。
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