宇品港からフェリーで切串港まで。
ネットで調べておいたとおりの、自販機の横に登山道の案内がある。
住宅地を抜けて登山道入口に向かう。
登山開始。標高はすでに100mくらいになった。
調べたとおり、最初は急登が続く。休み休み登る。
半分くらいのぼったところ。切串の港方面が見える。
急登はさらに続く。
土砂崩れ。おそらく2018年の豪雨の跡だろう。
ようやく尾根に出る。
しばらく尾根伝いに歩く。
途中、展望の開けた場所に出る。
先端の大岩の上に立つ。
似島が見える。本格的に「歩の歩の旅」を始めたころに言った島である。
クマン岳が見える。
アップダウンを繰り返し進む。近くに見えてきた。
最後の登り坂。
ようやくクマン岳山頂に到着。標高399.5m。
クマン岳とは妙な名前だが、その由来が説明してある。
「切串の住民がクマン岳に見張り所を設け、海賊などから住民の安全を守っていた。山を、強くて恐ろしいとされる熊に似せるために木や羊歯を利用して熊の形を作った。遠くから眺めると熊そっくりになり、切串の人はひどく喜び、守り神と仰ぎ礼拝した。やがて「熊ヶ岳」と呼ばれるようになり、これがなまって「クマン岳」へと変わったらしい。」(クマン岳の由来の一部)
以前は草木に覆われて眺望はなかったが、地元のボランティアの方が草木を刈り取り、見晴らしよくされた。草を刈った跡があった。能美島方面。
似島・広島方面。
遠くにうっすら見える高い山は、昨年末に登った野呂山だろう。
「クマンの鐘」なるものがある。よくある恋人の鐘みたいなものか。
クマン岳からの眺望を楽しんだ後、古鷹山に向かう。
しばらく下ったところにあった帆立岩。
行く先に見えるのは古鷹山か。
縦走は尾根伝いだが、アップダウンを繰り返す。
振り返ってクマン岳。帆立岩が見える。
坂を下る。
一度、舗装された林道に出る。
林道を少し登ったところに、古鷹山への登山道がある。
クマン岳の登山道に比べ、ここからの道は整備されていて、坂道は木段になっている。
上っては下るアップダウンを繰り返す。
山頂まで500m。
下山場所である、海上自衛隊が見える。
山頂まで120m。
最後の登り坂。
古鷹山山頂に到着。標高394m。クマン岳よりほんのわずか低い。山自体は400m弱の標高だが、途中のアップダウンがかなりあって、実質標高差は550mくらいになったと思う。
クマン岳から来る途中、誰にも会わなかったが、すでに登っている人が結構いる。自分が下山する奥小路登山口から登ってくる人が多い。若い男女のグループの男性にに、旗が立っていないかと聞かれた。
彼が言う旗とは、戦艦などに掲げる日章旗のことだった。古鷹山の由来がある。巡洋艦古鷹の名前にも使われた山は、かつて海軍兵学校生徒の訓練の場でもあった。
秀峰古鷹山は標高(392メートル)波静かなる江田島湾を眼下に見下ろし 晴天には遠く四国の連山と望むことができ 四季おりおりの眺めはまた格別である。
古鷹山の由来は、その昔一葉の小舟が荒くるう暴風雨のため難破寸前にせまった時、いづくよりか一羽の大鷹があらわれ、波静かな入江に導きたる後、この山中に姿を消したので、この鷹の霊を祭るため山上の大松の下に一字の堂を建立し、鷹宮大明神と称し旧暦9月19日には盛大な祭りが行われていた(現在は八幡神社に合併)その祭神に因んで古鷹山という。
かつては海軍兵学校生徒の心身の鍛練の場であった。広瀬中佐は在学中百回以上登山されたと伝えられている。
昭和5年10月24日 天皇陛下海軍学校行幸のみぎり、御登山予定のところ、雨天のため中止された。
昭和17年10月12日 赫々たる戦果をあげ、サボ島海戦で戦没した巡洋艦古鷹は、この山に因で命名されたものである。
昭和53年6月1日に発生した江田島町山林大火災の際、頂上付近の僅かを除き灰じんに帰したことはまことに遺憾である。
昭和54年3月 江田島町
(古鷹山の由来)
古鷹山山頂から、海上自衛隊方面。
先ほど登ったクマン岳。
グループの女子が岩の先端に座っている。
自分も先端に立つ。
広島方面。
呉方面。
下山する。
鎖場を下りる。上で、旗の所在を聞いてきた男性が、旗を見つけて斜面を這い登っている。風で飛んだものを見つけたのだろう。もう一度山頂に戻り、旗をつけるようだ。
鎖場の跡はロープ伝い。
切串への分岐に到着。ここはまっすぐ進む。
次の分岐点。まっすぐ行くと、帰りの船の港がある小用に出るが、右に曲がり奥小路登山口に下りる。
急な坂を下る。
バクチ岩の標識。
村上水軍の時代、海賊がこもった岩場だそうだが、いまいちよくわからない。
下山途中の展望所。
これから下りる海上自衛隊方面。
クマン岳の登山道より、こちらの登山道がポプラーなようで整備が行き届いている。
登山道出口(入口)に出る。
ここに車を停めて登る人が多い。自分は歩きなので、さらに麓に下る。
昼ごはんは、海上自衛隊敷地内にあるレストランでカレーをようと決めてきた。見学で入るのが一般的だが、食事のみでも入れると調べてきた。入場チェックは厳しいだろうと思っていたが、名簿に名前を書くだけ、荷物検査もなく簡単にスルーで来た。テロの心配もある御時勢、こんなに簡単でいいのかと、逆に心配した。奥の赤レンガの建物がレストラン。
海軍カレー。特にこれといった特徴はなく、普通の家庭のカレーの味。
自衛隊の敷地内から、古鷹山を見る。
小用までバスがあるが、12時台の便がなく、1時間以上の待ちになるので、小用港まで歩く。高速船で広島に帰る。
今回歩いたコース。
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