ホテルの窓から今日の午後訪れる彦根城を写す。
早朝、近江八幡駅前が7時のバスに乗るため、彦根駅に向かう。今日の行程は、午前近江八幡、彦根に戻って、午後は彦根城と多景島を回る盛りだくさんのコース。
石田三成の城・佐和山城のポスターがある。佐和山城は彦根駅の東口から歩いて行ける。時間があれば行ってみたいが、今回は無理だろう。
JR近江八幡駅で降りる。近江八幡では、長命寺・水郷展望・八幡山を回る。午前中に回って、できれば13時までには彦根に戻りたい。多景島観光の船が15:10なので、それまでに彦根城見学を終えたい。
始発の長命寺行きのバスに乗る。
終点で降りる。すぐ近くが港になっている。
長命寺に向かう。
長命寺まで階段が808段。よく考えれば今年行った金比羅さんの階段785よりも多い。
階段を上り始める。
寝起きが悪く、昨日の疲れも残っており足取りも重い。
鳥居のようなものがある。半分くらいまで来たのか。
階段はまだまだ続く。
少し登っては休み…
お寺の門が見えてきた。808段、思ったよりは早く着いた気がする。
案内にあったように、開門が8時。現在7:35、少し待つ。
ここまでは車で登れる。
長命寺はその名の通り健康長寿の観音さん。
早めに門が開いたので入る。
808段を振り返る。
本堂に上がる。
長命寺。
市の北西端、長命寺山(333m)の標高約250mの山腹にある寺院。西国三十三カ所第31番札所で、「八千年や柳に長き命寺、運ぶ歩みのかざしなるらん」という詠歌のとおり、「寿命長遠」の御利益があるとされています。3世紀後半から4世紀初頭の景行天皇の時代、武内宿禰(すくね)がこの山で長寿を祈ったといい、開基は聖徳太子と伝えられます。(滋賀・びわ湖観光情報より)
「琵琶湖周航の歌」にも歌われている。
本堂に参拝。健康長寿を祈願する。
本堂から見る琵琶湖。
本堂の右手に三重塔。
本堂の左に三仏堂と鐘楼。
三仏堂。
本堂を横から。奥に三重塔。
眺望のいい場所を調べたこのページにもあった分かれ道。先に右の鐘楼の階段を登る。
途中に修多羅岩。
鐘楼。
分岐に戻り左の道を進む。太郎坊大権現に向かう。
太郎坊大権現。
その前から眺める琵琶湖。
後ほど行く水郷あたりにズームイン。
大権現の上にもう一つ祠がある。
そこからの眺め。
鐘楼まで戻り、ネットでよく見るアングルで写真を撮るが、ちょうど太陽が重なってはっきり見えない。手前から、三仏堂・本堂・三重塔。
長命寺を下りる。
階段の下に戻ってきた。約1時間の参拝。
近江バスの便は少なくても1時間に2便はあるので、近江八幡の移動はバスに頼る。次のバスは8:55、時間があるので周辺を散策。
長命寺のある長命寺山。標高は333mだが、長命寺は標高250mに位置する。
前に琵琶湖が広がる。
マップで見る限り、水郷展望台に一番近いバス停、円山で下車する。
何ヶ所か水郷めぐりの船が出ている。
コスモスが咲いている。
水郷めぐりの船。1日に2便、所要時間は1時間以上なので今回は見送ったが、人がいない。
さて水郷展望台への登り口を探すが、それらしきものがない。マップで見るとこのようになる。破線は山道か。石段があったのでそこから上り始めるが、すぐに途絶えた。
もう少しもう少しと道並み道を、くもの巣を払いのけながら、こけながら、木々の間を登る。やっと視界が開けたらこんな場所。まさかここに展望所があって崩れ落ちたのか。
とりあえず水郷が見えるので撮影。
それでも釈然としないので、マップで示す位置ぴったりに行くと、目立たない案内があった。ここが水郷展望台。
確かによく見える。
ズームイン。
日本三大水郷のひとつにあげられている近江八幡の水郷、その中でも昔と変わらない自然のままの水郷は近江八幡だけで日本一と言われています。
平成18年1月、国の重要文化的景観第一号に選ばれ、平成20年10月、ラムサール条約湿地として西の湖と長命寺川が登録。平成21年1月には「白王・円山」が日本の里100選に選ばれるなどその貴重な水環境は国内外から高い関心を寄せられています。
網目のように入りくんだ水郷のヨシ原の間をゆったりと屋形船で行く水郷めぐり。水郷めぐりの歴史は、古くは織田信長や豊臣秀次が戦国の世の疲れを癒すため、宮中の雅やかな遊びを真似たことが始まりと言われており、「春色 安土八幡の水郷」として琵琶湖八景の一つにも数えられています。また時代劇やドラマの撮影場所としても人気があります。(近江八幡観光物産協会HPより)
展望台の後ろに、行き先案内があった。左が八幡山、これは遠いだろう。右が百々神社、方角的には戻ることになるが、こちらのほうが近い。
おお、ちゃんとした道がありがたい。思えば、水郷展望台はこの縦走路の途中にある位置付けなのだ。マップ検索は距離が近いだけで、あの破線は山道ではなかった。結果、自分は山腹を這い登った。よく調べない自分に非がある。これを教訓にして今後は、どんな場所でも念入りに調べることにする。
下界が見えてきた。
神社に下りる。
百々神社の鳥居。
最寄のバス停、ユースホステル前でバスを待つ。降りた円山バス停よりも2つ戻ったことになる。便も1便後の便になった。
大杉町八幡山ロープウェイ口バス停で降りる。時刻は10:30。予期せぬ山歩きになったが、そんなに遅くはならなかった。
八幡堀沿いを歩く。
八幡堀にかかる橋。
ここも約30分の和船堀めぐりがある。先日柳川で乗ったので今日は見るだけ。
ここが八幡堀一望スポットらしい。たしかにいい眺め。
ロープウェイ乗り場に向かう。
途中の日牟禮八幡宮神門。
そこをくぐって日牟禮八幡宮。
八幡山ロープウェイ乗り場。
山頂の八幡山城址まではロープウェイで上る。
西武ライオンズリーグ優勝記念に菓子をもらう。
岐阜城と同じく、すぐに山頂駅に到着。
山頂には八幡山城址の周りを回る遊歩道がある。「琵琶湖が見渡せる」方向に行く。
石垣の下、遊歩道を行く。
お願い地蔵。御婦人が休んでいる。
左の遊歩道を行く。右は村雲瑞龍寺参拝路。
西の丸跡に向かう。
西の丸跡に到着。
琵琶湖が一望できる。
北は先ほど上った長命寺。
北の丸跡に向かう。
石垣の積み方から戦国時代以前と判断できる。
八幡山城:市街地のすぐ北側、標高271.9mの八幡山山頂にあります。安土城が落城してから3年後、豊臣秀次(とよとみひでつぐ)が築いた城です。
最頂部に本丸をもうけ、その南東に二の丸、西に西の丸、北に北の丸、南西の尾根上一段低く出丸を配置する構造で、山頂から八の字形に広がる尾根上の小曲輪と、尾根に挟まれた南斜面中腹に秀次館跡と家臣団館跡群と思われる曲輪群が階段状に残っています。
現在は石垣を残すのみですが、本丸跡には秀次菩提寺の村雲御所瑞龍寺(むらくもごしょずいりゅうじ)が京都から移築されています。(滋賀・びわ湖観光情報HPより)
北の丸跡。
水郷地帯が見える。
近江八幡という街は、関白豊臣秀吉が甥の豊臣秀次に命じて、廃城となった安土に変わり近江の国支配の中心地として八幡山城を築かせたことに始まり、秀次が琵琶湖を行き来する全ての船を城の内堀ともいうべき八幡堀に引き入れることで近江国の経済の中心地となり、後の近江商人発祥につながったといえます。(滋賀・びわ湖観光情報HPより)
豊臣秀次の菩提寺、村雲瑞龍寺に向かう。
山門。
村雲瑞龍寺。
ロープウェイ乗り場に戻る。
すぐ横の展望台に上る。
展望台の割りには琵琶湖はよく見えない。近江八幡の市街地を臨む。右のまっすぐな道がバスで通った道。
麓に下り、八幡山を後にする。
近江八幡駅前行きのバスに乗る。
JRで近江八幡から彦根に戻る。
近江八幡での旅程図
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