2020年の初詣はどこに行こうかと考えていたが、先日、家島諸島の後、姫路の書写山に上り、円教寺を知り、時間の都合でお寺までいけなかったので、今年はそこにすることにした。そして、その旅の途中、電車の吊り下げ広告で、岡山の最上稲荷を知り、2つの神社仏閣を今年の初詣の地に決めた。
新幹線で姫路まで。姫路駅からバスで書写山ロープウェイ乗り場まで。1月前に来ているのでバス乗り場も分かっている。今日は正月三が日なので乗客は多い。始発が8:30なので寒い中しばらく待つ。
新年なのでロープウェイに乗るときにもらったもの。
山頂駅に着き、入山料500円を払い入山。500円追加すれば伽藍までマイクロバスに乗れる。自分はもちろん歩く。
途中の展望所から、姫路方面。
仁王門に到着。前回はここで引き返した。
摩尼殿に向かう。
円教寺の見所は、摩尼殿と三つの堂。
摩尼殿に到着。
書写山円教寺(しょしゃざんえんぎょうじ:正式には書寫山圓教寺):書写山は、姫路市の北部にある標高370mの市内で一番高い山で、山上にある円教寺は西国霊場の第27番札所として知られています。円教寺は1千余年前に性空上人(しょうくうしょうにん)によって開かれた天台宗のお寺で西の比叡山とも呼ばれています。円教寺には京都の清水寺に似た摩尼殿、性空上人をまつっている開山堂、別名弁慶の学問所と呼ばれている護法堂拝殿、そして荘厳な甍(いらか)を競う三つの堂(大講堂、食堂、常行堂)など素晴らしい国や県の重要文化財がたくさんあります。樹齢数百年の木々に囲まれた、まさに聖地と呼ぶに相応しいお山です。(ほりほりの姫路ガイドより)
摩尼殿に上る。
清水寺と同じく、山の斜面に建立されているので足場の上に仏閣が建つ。
舞台?の上。
参拝する。
舞台から下を見下ろす。
ロープウェイの中でも案内があった、住職自筆の今年の文字「命」。
舞台を反対側から。
摩尼殿を横から。
もうひとつの見所、三つの堂に向かう。
摩尼殿の裏を通っていく。
しばらく山道を歩く。
三つの堂に到着。三つの堂は、常行堂・食堂・大講堂をあわせた言い方。コの字型に並ぶ。
常行堂。
食堂。
大講堂。
食堂の中には入れる。映画「ラストサムライ」でロケ地として使用された。
映画のシーンを同じアングル。
写経台が並んでいるが、ここで渡辺謙とトム・クルーズが話すシーンが撮影された。
鬼瓦が展示されている。
食堂の脇を通り、奥の院に向かう。
食堂の裏側。
奥の院が見える。
開祖の性空上人を祀る開山堂。
三つの堂に戻るが、先ほど食堂の2階に上がるのを忘れていたので、再度中に入る。
食堂の2階から常行堂。
食堂の2階から大講堂。
食堂の裏側。
奥の院が見える。
円教寺は、「ラストサムライ」の他、NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」でも使用された。そのときの写真が展示されている。
天正の乱のとき、円教寺は豊臣秀吉軍の陣地として使われたが、寺側からすると乱入以外の何者でもなかった。円教寺を陣地にと進言したのが黒田官兵衛である。円教寺は多大な被害をこうむった。そのことを説明したパネル。
正月なので、 大講堂の前の門松。
椅子に座り、もう一度三つの堂を眺める。
大講堂を斜め前から。
摩尼殿魔で戻る。小腹が空いたので、茶店で餅をひとつ買い食べる。
円教寺参拝を終えロープウェイ乗り場に向かう。マイクロバスはこの下を走る。
仁王門まで戻る。
入口にある慈悲の鐘。 参拝者が鐘を突く。
ロープウェイで下山する。
バスで姫路駅まで戻る。時刻は11時前。駅の地下街で昼ごはんを済まし、次の参拝場所、最上位なりに向かう。
姫路から新幹線で岡山まで。桃太郎線に乗り換え、備中高松駅で下車。2018年10月に備中松山城に行った後に、備中高松城水攻め跡を見るために一度訪れている。
今日は正月なので、普段は使わない最上稲荷に近い北口が臨時改札口になっている。
大鳥居。前回来たときは最上稲荷を知らなかったので、その大きさにだけ感心した。ここが参道入口にあたる。すでに渋滞はここから始まっている。
車道を離れ、田んぼの中の道を歩く。普段は車の通るが、この期間は歩行者専用路になる。
最上稲荷まではおよそ2.6km。歩いて30分以上はかかるだろう。たくさんの人が歩いている。歩きの場合はここが参道になる。
最上稲荷が見えてくる。
入口に到着。
出店が並び、お祭り気分。
中央の参道は、この期間だけ帰路専用に なっているので東参道に回る。
駐車場は各所にあり広いが、車が多いため駐車に時間がかかり、渋滞している。各所に係員がいて、交通整理と車の誘導を行っている。初詣の予想人数は60万人とも言われ、岡山県で一番多い。
東参道を行く。
境内入口に到着。
入って正面に大客殿。
御神水を求めて、手水舎は長蛇の列。本日、手水は省略。
入って右側に、根本大堂。手前は大銀杏だが、すでに落葉している。
有料で妙教寺庭園もあるが、今日はパス。門をくぐり本殿に向かう。
中央の参道を上ってくると、この仁王門に着くことになる。インドの殿堂様式。
中にはキツネの像。
本堂に上がる。
最上稲荷のマップ。ここで調べてきたが、八畳岩を経て山頂の奥の院まで登る予定。
本殿(霊光殿)。最上稲荷、神社なのかお寺なのか、よく分からない。控えめに神社方式で二礼二拍手一礼をする。後で調べたら、最上稲荷は法華経で勧請したお稲荷様なので、合掌が正しいようだ。神仏習合の典型である。
最上稲荷:数多くの伝説とロマンを秘め、古代から豊かな文化を花開かせてきた吉備の国。雄大な造山古墳に代表される古墳群や、桃太郎伝説の舞台としても知られています。また備中国分寺・国分尼寺など数多くの寺社が点在し、戦国時代には羽柴秀吉の備中高松城水攻めの舞台となるなど、数多くの歴史物語に彩られた吉備平野。今なお豊かな野山が広がり、その風景は訪れる人々の郷愁を誘います。
その風光明媚な田園にたたずむ、高さ27メートルにも及ぶ巨大な大鳥居が出迎えてくれる最上稲荷。正式名称は「最上稲荷山妙教寺」。明治の神仏分離令の際、特別に「神仏習合」の祭祀形態が許された、仏教の流れを汲む貴重な稲荷です。そのため、お寺でありながら鳥居をそなえ、神宮形式の本殿(霊光殿)があるなど神仏習合時代の形態を数多く残しています。
…
最上稲荷の歴史は、今から1200余年前にさかのぼります。 天平勝宝4年(752)、報恩大師に孝謙天皇の病気平癒の勅命が下り、龍王山中腹の八畳岩で祈願を行いました。すると白狐に乗った最上位経王大菩薩が八畳岩に降臨。大師はその尊影を刻み祈願を続け、無事天皇は快癒されたといいます。その後延暦4年(785)、桓武天皇ご病気の際にも、大師の祈願により快癒。これを喜ばれた天皇の命により、現在の地に「龍王山神宮寺」が建立されました。
以来、「龍王山神宮寺」として繁栄を極めたものの、備中高松城水攻めの際、戦火によって堂宇を焼失し、本尊の「最上位経王大菩薩」のお像のみが八畳岩の下に移され難を免れました。このお像をもとに慶長6年(1601)、新たに領主となった花房公が関東より日円聖人を招き、霊跡を復興。寺名も「稲荷山妙教寺」と改めて、今日の興隆の礎を築きました。(最上稲荷HPより)
ロウソク+線香代50円。
線香はそのままくべる。
本殿を横から。
本殿の裏には記念事業の一環として制作された彫刻がある。
右は豊臣秀吉の陣地跡へ続く。向こうに竜王山。
先に左の旧本殿に向かう。
旧本殿は改修工事中。
旧本殿(霊応殿)
旧本殿の裏に七十七末社。
それぞれの社には得意分野がある。自分の祈願内容に応じて社を選ぶ。
七十七末社を回ると、お帰り道。通常はここで参拝を終えるが、今日はさらに進む。
旧本殿の前から、霊光殿。
奥の院に向かう階段を登る。
まず、八畳岩を目指す。
長い石段を登ってきた。本殿近くと対照的に、ここは静かだ。
階段はまだまだ続く。
それらしき場所にたどり着く。
八畳岩かと思ったが、その前に題目岩。
巨岩に「南無妙法蓮華経」の文字が刻んである。
八畳岩まで300m。
八畳岩入口に到着。左に入る。奥の院はまっすぐ。
八畳岩に到着。
八畳岩といってもどれが八畳岩かよく分からない。一番大きな岩を撮影。
下にある祠。高松城水攻めの戦いの時、本尊が避難した場所。
元に戻り奥の院に向かう。
段差の多い石段の道が続く。極力段差の低いコースを選んで登る。
ラジオ塔跡。説明によるとかつてはケーブルカーもあったようだ。
ケーブルカーの施設跡か。太平洋戦争前までにはケーブルカーが運行していた。戦争時にレールなど鉄が供用され、廃止になった。
ようやく鳥居が見えてきた。
山頂かと思ったが、また鳥居。
石段が続く。
三番目の鳥居。山頂になかなか着かない。
路傍には文字を刻んだ石塔が並ぶ。
向こうに鳥居が見える。おそらく最後の鳥居だろう。
山頂に到着。標高は280m。ちょっとした登山になった。
竜王山一乗寺。
ここでもロウソク+線香50円で参拝。
上のほうに鐘楼。
石塔が立つ。この他にもたさんの石塔が立っている。
山頂でしばらく過ごし下山する。
途中にあった展望所。
岡山市街が見える。
険しい山道ながら、やはり正月だ、参拝者はそこそこいる。
登り口まで戻る。
鐘楼にたくさんの人が並んでいる。円教寺では突かなかったので、自分もここでは鐘を突く。
本殿の横まで下りて、秀吉本陣跡に向かう。
またしばらく坂を登る。
秀吉本陣跡。
最初にここに陣を構え、後に水攻めのため大鳥居近くの石井山に陣を移した。ここに戦陣を張ったときにも、近隣に戦禍が及び多くの被害が出た。
高台から大鳥居方面を見渡す。
帰りは中央参道を戻る。長い参道に、食べ物屋と土産店が並び、歩くのも難しい混雑。途中で、みたらし団子を食べる。
最上稲荷の近くにある稲荷山健康センターで風呂に入る。広々として休憩所など整っている。
風呂を出るとすっかり暗くなっていた。
歩いて備中高松駅まで戻る。参道には初詣を書かれたちょうちんが下がる。明日は土曜日なので、これから参拝する人もいる。車は相変わらず渋滞。実は駅からバスも出ていたのだが、バスはどこを通るのだろうか。
振り返ると遠く最上稲荷と奥の院の明かり。
時刻は18時過ぎ。備中高松駅から岡山まで行き、新幹線で帰る。
本日の旅程図。今日は初詣だったが、くしくも秀吉・官兵衛コンビの足跡(寺社側から見れば悪行)を辿ることになった。
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