2023年5月11日木曜日

因島歩き① (2023. 5.11)

 因島は車で訪れているが、今日は北側を歩いて回る。

7:40の船で三原港を出発。


途中、佐木島の鷺港に寄って、因島の重井港に到着。


まず、除虫菊が栽培されている馬神山に向かう。


除虫菊の案内あり。


馬神山は、江戸時代初期までは島だったようだ。


除虫菊の下に重井港。


ここから登れる。


いちばん上が展望所になっている。


除虫菊畑を見渡す。


下りる。


山頂には馬神城跡があるので登る。ここを右手前に。


山に入る。


石が増える。

 

城跡の雰囲気。

 

石の祠がある。

 

馬神城跡。

永禄十年(1567年)青木城を築城した因島村上水軍新蔵人吉充の命により築かれ、側用人頭で第五(付)家老・末長有馬介景光(矢治馬介景親)が城将となった。用人四家、小柱二家、使番五家及び大目付二家と十八(横目付)連中を率いて居城したと伝えられる。(古城盛衰記より)


城跡から見渡す。三原市、佐木島、生口島。


山頂は少し先。

 

馬神山山頂。

 

標高95.7m。

 

次に登る白滝山が見える。

 

下山。

 

登山口に戻る。

 

除虫菊を通過。

 

入口に戻り、白滝山の登山口に向かう。


ここを左へ。案内がある。


因島八十八ヶ所霊所、屋島寺。


左へ。


みかん畑。


右へ。

 

前は因島フラワーセンター。

 

登山口へ。前に白滝山。

 

白滝山登山口 駐車場に到着。


横に登山口。


調べた時は、通行不可の個所があったが、「可」になっている。


山頂まで520m、徒歩25分。


少し上ると石仏群。

 

五百羅漢創建者伝六の墓。

白滝山のある地域に住む豪商 柏原伝六が、江戸時代後期に神道・儒教・仏教・基督教の四大宗教の共通理念を基に、「一観教」という宗教を開きました。その極楽浄土を白滝山に表すために、弟子の柏原林蔵や尾道の石工職人によって作られたとされているのが「五百羅漢」です。(島宿NESTより)


九十九折の舗装路。

 

仁王門。

 

ここから石段。

 

下に、先ほど登った馬神山。

 

左、参道。右、遊歩道。

 

遊歩道へ。

 

くぐり岩。

 

八栗寺。

 

前が展望所。

 

細島、佐木島。前に見える因島の山は、最後に登るつもりの竜王山(権現山)。


右、奥の院へ寄り道。

 

奥の院。

 

八栗寺が見える。けっこう離れている。

 

八栗寺に戻る。

 

向こうに見える石仏は、先ほど分岐した参道ルートだろう。

 

山頂へ。

 

山頂は、あの上あたり。

 

登る。

 

参道と合流。


左、裏参道。右、表参道。表参道へ。

 

慈母観音。

 

塩竈さん。

 

山門に到着。

 

展望休憩所。

 

奥の石仏群。

 

白滝観音寺。

 

展望所から。

 

見渡す。

 

恋し岩へ。

恋し岩。

その昔、結婚の約束をした男女がおりました。あるとき男が、「立派な相撲取りになるために上京する。3年経ったら戻って来る。」と言って上京しましたが、約束の3年を過ぎても戻ってきませんでした。女は忘れられたと悲しみ、海に身を投げてしまったのです。それを知った男が悲嘆にくれているとき、身投げした女の化身が岩となって現れていることを知りました。男は海からその岩を背負って白滝山山頂の観音堂まで運び、一生をかけて供養したということです。この岩は後に、「恋し岩」と呼ばれるようになり、触れると恋がかなうという伝説が生まれました。(島宿NESTより)

 

因島大橋。

 

尾道方面を見渡す。


山頂は、この先。


山頂へ。

 

ゴリラ岩。

 

五百羅漢。

 

五百羅漢の道を、山頂へ。

 

鐘楼。

 

展望台。

 

展望台から。細島、佐木島。

 

生口橋の向こうに見えるおは、岩城島。

 

反対側、尾道・福山方面。

 

山頂標識があった。白滝山、標高226.4m。

 

日本大小神祇の向こうに因島大橋。

 

下山。

 

瀬戸内海国立公園、白滝山。

 

裏参道を下る。

 

うさぎ岩。

 

かえる岩。

 

下る。

 

表参道に合流。

 

先ほどは左から登って来た。分岐を右へ。

 

8合目駐車場に下りる。5年前、しまなみ海道を車で旅した時には、ここまで車で上がった。

 

今日は、下の海辺まで歩いて下りる。


⇒因島歩き② (2023. 5.11)へ


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